
最近は、情報の発達により、海外でもマンガ、アニメと評判です。フランスでは、コロナ中に政府が補助金として一般書籍や、教育関連の本を推進するための、カルチャーパスを、当時18歳対象に配りましたが、一番利用が多かったのが書籍で全体の約84%位、その中で漫画が4分の3の人が日本のマンガを購入し、チョットした話題となりました。
また、他国の人が、漫画を模倣し作品を売れるように試行錯誤で行いますが、単発の作品が売れるのみ、ビックタイトルはありません。
それは、なぜか?近代漫画の巨匠、手塚治虫氏の多大なる影響は勿論、その前に活躍した戦前戦後の北澤楽天や岡本一平(岡本太郎の父)、田川水泡(のらくろ)や、それ以降の、多種多様な作家が、色々なジャンルで活躍し広がり続けています。
漫画の出来たのはいつか、諸説ありますが、例えば、室町時代の屁合戦絵巻(早稲田大学所蔵)や江戸時代の、葛飾北斎の北斎漫画、曲亭馬琴(滝沢馬琴(日本で初めての原稿料だけで生計を立てる事のできた作家)南総里見八犬伝の挿絵を描いた柳川重信などそのころから、漫画(絵物語)がありました。明治になり風刺漫画やその後の4コマ漫画、山川惣治に代表される絵物語(少年王者)、そして、それらが、今の漫画に通じています。 アメリカで人気のヒロアカや鬼滅の刃、中東で人気のドラゴンボール、ヨーロッパでもワンピースやワンパンマンなどありすぎて限がありません。今、日本では、転生ものや、なろう系、王道漫画や少女まんが、子供漫画、青年漫画やマイナーな漫画なども次々生まれています。チョット前ですが、ヘルプマンと言う介護の漫画もありました。これからも世界中の人を楽しませてくれるこのツールをこれからも、大切に出来るよう休日には、読んでいきたいと思います。今回は、趣味の話をさわりだけ書かせていただきました。
追伸、今年は、鳥山明、楳図かずお両氏が亡くなり残念な思いでいっぱいです。
私に人生と言えるものがあるならば
あなたと過ごしたあの山の日々
きらめく草の葉に心が弾み
野に咲く花に心がかよう
私に人生と言えるものがあるならば
あなたと過ごしたあの旅の日々
もう会えないけど、もう若くないけど
二人で行ったあの日が浮かぶ
私に人生と言えるものがあるならば
あなたと過ごしたあの山の日々
許されるのならやり直してみたい
出来る事ならばあの日に帰りたい
私に人生と言えるものがあるのならば
あなたと過ごしたあの山の日々
あなたと過ごしたあの旅の日々
若き日の思い出がよみがえってきます。。
65歳を迎えるのに、最近は歳を取ったなと思う出来事が目立ち、書き上げた歌を思い出しては、口ずさむ日々です。
和田早苗
私の家族は、御殿場に住む長男家族、上のお姉ちゃん22歳、下の子が7歳、プードルのピロちゃん、黒猫のルンちゃんです。お父さん、お母さんととても仲良く暮らしています。
下の子が2歳の時、目の動きが気になり、心配していました。そして、その子が小学生になる時、目の異常が分かり、視力が弱視と言われて、治療をすることになりました。眼鏡を使用し視力をよくしていくそうです。両親は心配し、悲しんでいました。お母さんは、娘の目が大きくてきれいな瞳を自慢しているくらいでした。孫は眼鏡をすると、お友達が眼鏡をいたずらするのが嫌だと溢していました。それでも本人は、明るく元気で、負けずに学校に行き暮らしています。おばあちゃんと一緒だね。と話しかけ、夏休みのお盆の日に遊びに来て、たくさん遊びました。かけがえのない家族の幸せを祈り、孫の目が見えるようになりますようにと、仏様になってしまった両親に手を合わせ、心から祈りました。